2月定期演奏会 投稿者:ライブラリアン 投稿日:2013/02/04(Mon) 13:55 No.618 | |
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セーゲルスタムさんは本当に巨漢でしたね。荒木さんは指揮者のすぐ前で弾かれていたので、顔を上げると視野のほとんどをセーゲルスタムさんが占めていたのではないでしょうか。 まだ新人ともいえる萩原麻未さんと終焉後のステージのやり取りは微笑ましかったです。 セーゲルスタムさんの交響曲第245番ですが、前週読売日本交響楽団で252番を演奏した感想を、東条碩夫さんがブログで書かれていた内容と同じように感じました。ということは、ほとんど同じような曲だったのかな・・・。 この交響曲の後に聴くと、「死と変容」は普通の音楽として鑑賞できました。いい曲、いい演奏でした。 レコード芸術2月号には秋山さん指揮広島交響楽団の「死と変容」が付いていたのは偶然ですが、事前に聴く事が出来て良かったです。 1月号付録の札響「スケルツォ・カプリチオーソ」は終わると同時に「ブー」という大声が入っていました。よく聞くと「ブー・・ラ・・・」と言っているようにも聞えますが、せかっくの演奏を壊すような変な声は上げないでもらいたいものです。CDにする時カットすればよかったにと思いました。
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| Re: 2月定期演奏会 あらき@管理人 - 2013/02/05(Tue) 11:41 No.619 | |
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セーゲルスタイムさんは人柄や例の交響曲のことなど読響の楽員から噂を聞いていましたのである程度覚悟(?)はしていましたが、噂に違わぬ豪快な人でした。 曲についてはご本人も「少なくとも札響の歴史に残るという意味合いはあるでしょ?」という趣旨のことを仰っていたので、曲が実験的(超人的な曲数も含めて)であることは充分認識しているのだと思います。 東条さんの感想は私も読みました。ある意味とても言い当てていましたね。 札響定期の1日目では、曲が始まってしばらくすると客席でお母さんと小学生位の娘の2人がこみ上げる笑いを必死に押さえている様子が見え微笑ましかったですが、それもあの曲に対するひとつの素直な反応だったのでは、と思います。 私的には、もう一回演奏したいかと訊かれると微妙です。もっとも”再演”は不可能でしょうが・・・ |
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